
2025年04月
ポートフォリオ・レジリエンスの7つの原則
本稿では、リスクイベントを乗り越え、投資家の長期目標に沿った複利リターンを獲得するために有効なポートフォリオのレジリエンスの7つの基本原則についてご説明します。
執筆者
Ross Cartwright
リード・ストラテジスト
ストラテジー・アンド・
インサイト・グループ
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足元の市場環境下、投資家の長期的な目標を達成するにあたり、極めて重要であるにもかかわらず過小評価されている要素があると我々は考えます。経済サイクルを通じてリスクを管理し、リターンを生み出すのに役立つ要素です。我々はその要素をポートフォリオのレジリエンス(強靭性)と定義しています。
脆弱なビジネスが新たなビジネスやテクノロジーに取って代わられる、または置き換えられるという創造的破壊の理論は、効果的な資本主義の柱と考えられています。この概念は、かつては力強い経済成長に不可欠でした。しかし世界金融危機後、状況は劇的に変化し、市場の自己調整機能に代わって中央銀行と政府が市場に大規模に介入するようになりました。社債の買い入れ、ゼロ(あるいはマイナス)金利、量的緩和などの措置が、本来であれば衰退または破綻していたであろう企業を支えるようになりました。
その結果、この15年間で株式市場は驚くべきリターンを上げ、レジリエンスの必要性への認識は後退しました。実際、今日の市場参加者の多くは、誤った資本配分の見極め方を学べるような大幅な株価下落を経験していません。この市場の安定性という幻想が、投資家にレジリエンスの重要性を軽視させ、また多くの人に政策立案者が救済してくれると期待させ、ひいては積極的なリスクテイクの継続を促していると、我々は考えています。
レジリエンスに重点を置き時間をかけて富を築くというやり方は今日の市場環境ではあまり好まれないようですが、これは我々の中核的な投資目標の1つです。長期にわたる市場の活況によって覆い隠されていた真のリスクと誤った資本配分がいずれ表面化した時には、レジリエンスが極めて重要な役割を果たします。資本が崩壊する原因は、危機そのものではなく、その危機を招いた誤った投資にあることが多々あるのです。
我々は、レジリエンスを理解し運用戦略に組み込むことは、賢明であるだけでなく、現在の複雑な市場環境を乗り越えるために不可欠だと考えています。以下に、レジリエンスのあるポートフォリオを構築するための7つの主要な原則をまとめました。
1. 財務モデルを超える精査を行い、投資先企業を熟知する:データや財務モデルは有用なツールですが、投資判断を決定づけるツールではなく、あくまでも支援するツールとして使用すべきです。危機は本質的には予測不可能なものであり、モデルに過度に依存するといざというときにうまくいかず、リスクを伴う可能性があります。レジリエンスのあるポートフォリオを構築するには、データやモデルを超えて企業の経済的実態を理解し、投資判断を行う際に健全な判断力と集合知を適用することが必要です。例えば、一貫した収益成長は強い企業の特徴と考えられることが多いですが、その一貫性が顧客、従業員、あるいは企業の製品やサービスの品質の犠牲の上に成り立っている場合、むしろ有害となる可能性があります。
General Electricは2000年代半ばに世界で最も価値のある企業でした。長年にわたり、複雑な会計手法を駆使して財務工学に集中的に取り組み、収益を平準化したことで、財務は表面的には安定していました。この取り組みと、その結果生まれた企業文化の下、GEの経営陣は中核事業である産業および金融サービスにおける根本的な問題を無視し、その結果、2007年9月から2008年3月にかけて株価が80%下落する展開となりました。表面的な財務データは良好でも、レジリエンスのあるポートフォリオを構築するには、財務諸表には表れない脆弱性と、それらがもたらすリスクを特定することが重要です。
2. 冗長性を通じてレジリエンスを理解する:ナシーム・タレブは著書「反脆弱性」1の中で、人体に類似した機能を持つ器官が複数あるように、レジリエンスにはある程度の冗長性を構築することが含まれると強調しています。この冗長性の概念は、単なる短期的な成長指標の最適化ではなく長期的な成功を目指す企業にとって、極めて重要です。レジリエンスが真に試されるのは、多くの場合、通常の運用時ではなく、一見冗長と思われるものが不可欠となる出来事が生じたときです。
新型コロナウイルス危機は、特定の部品やサプライヤーに合わせて微調整され、利益率を高め、過度に最適化されたジャストインタイム(必要なものを、必要な時に、必要なだけつくったり運んだりする)のサプライチェーンの脆弱性を露呈させました。自動車産業はサプライチェーンが複雑なことで知られていますが、コロナ禍では単純な部品の調達が困難になり、生産に深刻な影響が及びました。ただしサプライチェーンに冗長性と柔軟性を取り入れていた企業はより迅速に回復し、レジリエンス構築における戦略的な先見性の価値を実証しました。例えばトヨタは、長年のレジリエンス戦略(重要部品の在庫確保など)により、競合他社よりも混乱を抑えることができました。
3. イノベーションの役割を認識する:研究開発(R&D)への投資は、多くのプロジェクトが即座に結果につながるとは限らないことから、特に景気低迷下などでは優先度が低いと見なされることがあります。しかし、リスクや機会がより頻繁に起こり得る世界では、イノベーションの欠如が企業の持続可能性を損なう可能性があります。
Kraft FoodsとHeinzは2015年に合併して以降、積極的にコスト削減戦略を追求し、収益を高めるためにR&Dとマーケティングの予算を大幅に削減しました。その結果、消費者の嗜好が変化する中で市場シェアを失い、ブランドと製品イノベーションで遅れをとるようになりました。この状況を改善するためUnileverの買収を試みたものの、実現には至らず、それを機に投資家は、オーガニック食品ブランドの開発やイノベーションよりも、買収を通じた成長戦略を重視するようになりました。同社の株価はその後2年間で70%下落しました。
4. 長期的な視点と未来志向の文化を取り入れる:MFS®の運用プロセスは長期的な視点に基づいており、強固なバランスシート、耐久性のあるビジネスモデル、競争優位性、優れた経営陣、そして堅固なガバナンス構造など、強力なファンダメンタルズを示す企業に注目しています。このような企業に投資することで、我々のポートフォリオは市場のストレス下にあっても時間とともに良好なパフォーマンスを発揮できると考えています。
レジリエンスのある企業は、困難な時期にも景気に逆行して投資を行い、競合他社の低迷などの市場状況を捉えたり、有利な価格でリソースを獲得して長期的な地位を強化するなど、しばしば他社との差別化を図っています。このプロアクティブなアプローチは、継続性を維持しながら景気後退期に生じる機会を活かすのに有効です。また、慎重な資本配分や製品および地域の分散化なども図っています。Research In Motion(BlackBerry)やBlockbusterは、変化とイノベーションが急速に業界の景観を変えた中においても単一の製品ラインに大きく依存したままでした。対照的に、LʼOrealは、2008年の金融危機の際に、販売チャネルの多様化や、プロフェッショナル製品から一般消費者向け製品にシフトすることで、市場リスクを積極的に管理し、レジリエンスを発揮しました。
5. 複利を活用する:レジリエントな投資は、市場の進化に適応する長い行程です。多くの場合、直近の収益状況だけでなく、1市場サイクルにわたる企業の潜在力を評価する必要があります。我々は、株価の原動力は収益であると考えており、時間をかけて収益を積み上げることのできる企業に投資することで、レジリエンスを構築することを目指しています。そのため、我々の焦点は四半期ごとの収益予測ではなく、その企業が今後3年、5年、10年で成功するかという根本的な問いにあります。MFSは、長期的な収益とキャッシュフローを重視し、企業の真の価値と、市場が現在その価値に対していくら支払う用意があるかを評価します。これは市場が見落としがちな視点です。
6. バリュエーションをレジリエンスの指標と見なす:バリュエーション(将来の収益に対して投資家が今日支払う対価)が高ければ高いほど、リスクも高くなります。投資家の前払い額が多ければ多いほど、そのコストを正当化できるか否かは企業の将来のパフォーマンスに大きく依存するためです。我々のアプローチには、ポートフォリオレベルでリスクを効果的に管理するためのバリュエーション規律と慎重なポジション調整が含まれます。企業のキャッシュフロー、その成長速度、および成長に対するリスクを徹底的に理解することで、ポートフォリオのレジリエンスを損なう可能性のある割高な資産を回避することを目指しています。この規律あるアプローチは、株価ではなく価値に焦点を当て、リスクに対する潜在的なリターンを明確に理解した上で投資を行い、その結果、よりレジリエンスのあるポートフォリオが形成されます。
7. 資本の保全と回復を目指す:レジリエンスのあるポートフォリオは資本の保全も目指します。これは損失を軽減し、危機後の回復をより迅速にするために重要な要素です。下落を緩和することで恒久的な資本の損失を回避することは、我々の運用哲学の基盤です。損失から回復するには損失よりも大幅に高いリターンを必要とするためです。ダウンサイドリスクの管理能力は、レジリエンスのあるポートフォリオが市場サイクルを通じて一定のペースを維持することを可能にします。この単純な数理(図表1)は、下方リスク管理に重点を置いた戦略が、市場の上昇局面で完全には上昇を捉えられなくても、市場サイクルを通じて一定のペースを維持できる理由を説明するのに役立ちます。
「負けないで勝つ」ことは、長期にわたって複利でリターンを上げるための戦略といえます。
レジリエンスのあるポートフォリオは単に生き残るだけでなく、下落局面に適応し機会を捉えることで成功します。我々の見解では、下落局面で資本を守る能力があれば、報われる可能性が最も高い時により大きなリスクを取ることが可能です。時間をかけて複利でリターンを増やすためにはこのアプローチが不可欠だと、我々は考えます。
我々は、リスクとリターンの両方を考慮しながらお客様の資本を守り、市場サイクルを通じて恩恵を受けることを長期的に重視しています。マラソンで勝つには短距離走を重ねるのではなく、戦略的にコースを進んでゆくことが必要なのと同じです。
レジリエンスが短期的な機会コストを伴う可能性があることは確かですが、レジリエンスを重視しないリスクは過小評価されがちであると我々は考えます。レジリエンスのあるポートフォリオは、時として標準的なベンチマークから乖離することがありますが、こうしたベンチマークは往々にして投資家の最終的な目標とはほとんど関係がなく、市場で報われないかもしれないリスクに焦点を当てています。レジリエンスのあるポートフォリオの成功は、一貫した運用プロセスと哲学へのポートフォリオ・マネジャーのコミットメントにかかっていると我々は考えます。その一貫性は、信頼を構築するだけでなく、投資家が株式のアルファの源泉を建設的に分散し、株式ポートフォリオ全体の構造を運用目標に合わせることを可能にします。
MFSでは従前よりレジリエンスを運用哲学の特徴としてきました。今こそ投資家が長期運用目標達成のために、資産配分にレジリエンスを組み込むことを検討する時だと考えます。
巻末脚注
1 Nassim Nicholas Taleb. (November 2012) Antifragile: Things That Gain From Disorder.
当レポート内で提示された見解は、MFSディストリビューション・ユニット傘下のMFSストラテジー・アンド・インサイト・グループのものであり、MFSのポートフォリオ・マネジャーおよびリサーチ・アナリストの見解と異なる場合があります。これらの見解は予告なく変更されることがあります。また、これらの見解は情報提供のみを目的としたもので、投資助言、銘柄推奨、あるいはMFSの代理としての取引意思の表明と解釈されるべきではありません。予想は将来の成果を保証するものではありません。
分散投資は利益を保証するものでも、損失を防ぐものでもありません。過去の運用実績は将来の運用成果を保証するものではありません。