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株式と債券のどちらかが間違っている

本稿では、真の価値を持つ企業と持たない企業を見極めることができる投資家は市場全体において優位な立場にあると考えるグローバル・インベストメント・ストラテジストのRobert Almeidaの見解をご紹介します。

Robert M. Almeida

Robert M. Almeida

グローバル投資ストラテジスト

概要

  • 米国の実質金利が高すぎるか、あるいは株式のバリュエーションが適正水準を大きく上回っているかのどちらかです。
  • しかし、株式のバリュエーションにAIによる成長期待が反映されているとしたらどうでしょうか。だとしても、歴史を見る限り、必ずしも既存企業が勝つとは限りません。
  • この新しいパラダイムでは、最も適応できない企業は淘汰され、適応できる企業に収益と利益のプールを譲ることになります。

かつて、ある偉大な投資家が「すべての投資はバリュー投資である」と冗談を言いましたが、この発言は正しかったと言えます。なぜなら、高値掴みは投資家が克服すべき困難な課題であると分かっているからです。特に変化の激しい世界では、既存、新興を問わずあらゆる企業の将来に膨大な数の変数が影響を及ぼす可能性があることから、何が真の「価値」なのかを見極めるのは困難です。

これまで、直近12カ月の実績株価収益率(PER)や12カ月先の予想PERといった株式市場のバリュエーションについて私が言及することはほとんどありませんでした。その一番の理由は、それらが企業価値の尺度ではないからです。PERは金融資産のグループ内で相対的な価値を比較するためにのみ使用される尺度です。これらは短期的な数学的比率であり、企業の内情や企業価値を十分に理解するために必要な能力と時間がない投資家によって乱用されるようになったと言えます。

伝統資産であれプライベート・アセットであれ、あるいは株式であれ債券であれ、すべてのリスク資産は、投資家に資本損失のリスクだけでなく保有期間の埋め合わせをする必要があります。貯蓄者や投資家が一定期間資金を提供する見返りを受け取って初めて資本主義が機能します。金利とは時間の価値であり、すべてのリスク資産には時間的な価値が内包されています。したがって、金利とリスク資産のバリュエーションとの間にはある関係が存在します。

この関係が崩壊

図表1の紺色の線(左軸)は、米10年物インフレ連動債の利回り(逆目盛り)を示しています。ここでは、これを米国の期待実質金利の代替変数として使用しています。水色の線(右軸)は、S&P500指数の12カ月先の予想PERです。

両者の関係はシンプルです。金利が低下すると、将来のキャッシュフローの価値が上昇し、株式のバリュエーションが上昇します。これは図1を見ても明らかです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによるロックダウンを受け、各国・地域の中央銀行はフィナンシャル・リプレッション(金融抑圧)を強めました。その結果、パンデミック前に1%前後だった実質金利はマイナス目前まで低下し、リスク資産の価格は上昇しました。

この関係は逆方向でも成り立ちます。2022年に高インフレに見舞われた後、無リスク金利の魅力が高まる中で株式のバリュエーションが崩壊し、無リスク金利の上昇に見合うだけの株式益回りの上昇がもたらされました。

ところが、上図の円で囲んだ部分は、この従来の関係が崩れていることが示されています。その理由は、歴史的に見て正常な水準(2%)にある実質金利が高すぎるか、あるいは株式のバリュエーションが適正水準を大きく上回っているかのどちらかであると考えられます。つまり、債券市場と株式市場が全く異なるシグナルを発しているのです。

債券市場が正しいとすれば、株式市場には何が欠けているのか?

利益率を史上最高水準に押し上げた潤沢な低コストの資本、安価な労働力、低水準にとどまる設備投資という数十年にわたるパラダイムは終焉を迎えました。ところが、株式投資家はこうした利益への追い風が弱まることなく続くと考えており、これまでの傾向をそのまま将来に当てはめるという間違いを犯している可能性があります。

しかし、残念なことに今や企業利益には逆風が吹いています。信用は不足し、借り入れコストは上昇しています。企業の純負債比率は利益の実績に基づいて算出されるため、適切な水準にあるように見えますが、投資家はピークの利益ではなく通常の利益に対する負債の比率を考慮すべきと考えます。さらに、パンデミック期間に多くの債務がタームアウト(短期借入から長期借入に転換)されましたが、クレジット・イベント(信用事由)が満期の壁に起因して発生するケースはほとんどなく、通常は持続不可能な資本構造に起因しています。最終的に、投資家は2024年に向けて、かなり上昇している現在の資本コストをフリーキャッシュフロー・モデルに組み込むことになると思われます。長年にわたって蓄積された多額の債務は、新たなキャッシュフローを創出するための投資ではなく、既存のキャッシュフローの状況を改善するために利用されてきました。今後は資金調達コストが大幅に上昇すると同時に企業収益も減少する中、こうした債務の返済を迫られることになるでしょう。

現在は労働力も不足しており、人件費が将来の企業利益に影響を及ぼす重大な費用となっています。今年、米国では1~2営業日に平均1件のペースで破産申請が出されていますが、その理由は、債務負担で経営が圧迫されたということだけでなく、単に、資本が制限される中でビジネスモデルが成り立たなくなったというケースもあります。労働需給の均衡が回復すれば人件費は正常化すると思われますが、それには時間がかかるため、当面は人件費が収益の重石になるとみています。

債券市場が間違っているとしたら?

バリュエーションのギャップはAI(人工知能)への期待プレミアムによるものであり、債券市場がその効果を過小評価しているのかもしれません。

確かに、その可能性もありますが、歴史を見る限り、生産性向上によるメリットは競争によっていずれ失われていきます。企業は、最初のうちは新しいテクノロジーによって利益を生み出し、少ない労働力で多くの生産が可能になりますが、多くの場合、斬新なアイデアを持つ企業の新規参入によって業界の動向は変化し、当初のメリットは薄れていきます。

創造的破壊者や革新者は、新しいテクノロジーを活用して既存企業の存在価値を奪うという傾向があります。AIによって社会運営のあり方が段階的に変化すると予想される一方で、全く新しい企業グループが出現し、指数を構成している既存企業の一部が危険に晒される可能性もあると思われます。そのため、MFSはアクティブ運用の将来的な価値について揺るぎない確信を持っています。

今後、再び財政が圧迫される事態になったとき、中央銀行は金融抑圧と社会への損失の押し付けを繰り返すのでしょうか。

何事も可能性はゼロではありませんが、そうなる可能性は低いと思われます。これについては、欲求と制約のバランスを考慮するのが有効と考えます。すなわち、政策当局者は利下げを「望んでいる」かもしれませんが、果たして利下げは可能でしょうか。

以前の状況と比較してみると、大半の先進国では公的債務が対GDP比で過去最高に達しており、財政赤字が膨れ上がっています。債務膨張に警鐘を鳴らす債券自警団(政策当局による財政・金融運営の規律が緩み、インフレ懸念が出てきた時などに、債券市場が長期金利の上昇という警告を発すること)が長い眠りから目覚めて明らかに復活している今、こうした財政状況は政策当局者に新たな制約をもたらす可能性があります。リスク資産と同様に、政府も貯蓄者から資金を調達するための競争を余儀なくされており、現在は債券市場に翻弄されています。

結論

さまざまな理由から、通常株式市場は、好ましくない財務実績が株価に反映されるまでに遅れが生じる傾向があります。この点については、MFSのレポートをよく御覧になっている皆様は以前の内容を思い出されることでしょう。金利は、短期か長期か、あるいは名目か実質かにかかわらず、ある程度は変動する可能性がありますが、パラダイムは変化しており、金利がパンデミック前の低水準に戻る可能性は極めて低いと考えています。

今回のパラダイムは前回とは異なるものになるとみています。以前は、資金調達コストが低水準に抑えられていたため、最も適応できない企業でも生き残ることができました。しかし、もはや低金利の時代は終わり、今後はコストが上昇し続け、負担が増していくと思われます。この新しいパラダイムでは、最も適応できない企業は淘汰され、適応できる企業に収益と利益のプールの一部を譲ることになります。

真の価値を持つ企業と持たない企業を見極めることができる投資家は、他の市場全体において優位な立場にあることに気づくでしょう。

 

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