2023年10月
遠い過去のパラダイムがこれからの序章に
本稿では、株式と債券といった資産クラス間の相関が正常化する中、銘柄選択とマネージャー選択の重要性が大いに高まると考えるグローバル・インベストメント・ストラテジストのRobertAlmeidaの見解をご紹介します。
Robert M. Almeida
グローバル投資ストラテジスト
魚は自分が水の中を泳いでいることを知っているのでしょうか?おそらく、水中にいる限り、その事実を知ることはないでしょう。つまり、状況が突然変化しない限り、自分が生きているパラダイムについて理解することはもちろん、その存在を知ることすら困難かもしれません。
金利とは、目先の消費を控え、その分を貯蓄に回すことに対する報酬です。すべての経済・金融活動は時間を超えて行われるため、この世界ではプラスの金利が要求されます。金利がプラスでなければ、経済と金融市場のシグナルに歪みが生じ、あらゆるプロジェクトに資金が供給されたり、資産価値が膨張したり、誤った資本配分が行われるといった状況になりかねません。
2010年代には、経済と金融市場の「水」(すなわち、パラダイム)は抑制された金利で構成され、金利がゼロ近辺に達してマイナス圏に突入することもありました。金融市場は、異常なリターン、通常の水準を下回るボラティリティ、平均よりも低い相関性(したがって歴史的に良好なシャープ・レシオ)で構成されている「水」の中にありました。
ところが、2022年になると、この「水」が変化するというパラダイム・シフトが起きました。
2022年の金利ショックの動揺からまだ立ち直っていない投資家は、株式と債券の順相関というアノマリーに見える現象に直面しています。
しかし、長期的な視点で見ると、2022年にはそれほどアノマリー的な動きが見られたわけではありません。これは、ここ数年の状況によって長期的な歴史のパターンが覆い隠されてしまう危険があることを示す1つの例です。現在は、すべての投資のハードル・レートである金利の正常化プロセスが始まり、「水」(すなわち、パラダイム)が本来の形に戻りつつあるに過ぎません。
2021年11月に発表したレポート「300年間の相関について」で指摘した通り、株式と債券の名目リターンは長期的に順相関の関係にあり、ここ数十年の逆相関は持続不可能であると考えています。以下の図表は株式と債券の歴史的な相関を示したものであり、英国については300年、米国については200年遡ったデータを分析しています。
上述の魚のケースと同様に、この結果は多くの投資家にとって驚きかと思います。これまでの経験から学んだこととも、ビジネススクールで教わったこととも異なっているのですから(ビジネススクールでは事実を教えるべきでしょう)。
一歩下がって見てみると、投資家は、株式と債券、パブリック債券とプライベート・デット、グロース株とバリュー株など、様々な切り口で分散投資を行っています。こうした分類は重要かつ重大で価値がありますが、最終的にこれらの資産がいずれも将来的なキャッシュフローへの期待や見通しに依存していることは忘れられがちです。
どの投資も貯蓄からの資金拠出を伴い、将来のリターンを期待して行われます。将来のリターンは、時間的なコミットメントやプロジェクトが頓挫するリスクの対価として得られるものです。こうした観点で資産クラスを見てみると、すべてはキャッシュフローに帰着します。将来のキャッシュフローの予測可能性や安定性が高い資産ほど、時間的なコミットメントやキャッシュフローのリスクが大きい資産と比較して、低いボラティリティを示す可能性があります。通常、分散投資のメリットが生じる原動力はここにあり、ポートフォリオの収益源(すなわち、将来のキャッシュフロー)が時間軸やリスクの異なる様々な形に多様化されることで、分散効果が得られます。
株式と債券を組み合わせることで分散効果が期待できるというこれまでの状況は今後も続くと思われますが、ここ数十年にわたる低インフレと人為的な低金利の環境下で、この2つの資産に分散するメリットは過大評価されてきました。株式と債券に分散投資した投資家は、異常に低いボラティリティによって並外れたリターンを享受しただけでなく、この負の(ただし持続不可能な)共分散が一因となって比類ないリスク調整後リターンも獲得しました。
ところが、2022年にインフレ・金利ショックが発生すると、パラダイムは一変しました。実質金利の最終到達点を予測するのは困難ですが、以前よりも正常な金利環境に近づいていることは確かであり、株式と債券の長期的な関係の正常化が示唆されている可能性があります。そのため、近年の状況に基づいて将来的なシャープ・レシオやインフォメーション・レシオの達成を目標にしている投資家は、アンダーパフォームする可能性があります。
今後、時間が経つにつれて資本の配分が間違っている分野が顕在化するでしょう。例えば、財務レバレッジに支えられているプロジェクトやキャッシュフローは、高い債務負担に耐え切れずに崩壊したり、採算の見込めないプロジェクトが資本構成の見直しを迫られたりするといった状況が考えられます。
株式と債券といった資産クラス間の相関が正常化する中、銘柄選択とマネージャー選択の重要性が大いに高まることが予想されます。これらはリターン獲得の原動力となるだけでなく、共分散とポートフォリオの分散効果を高める大きな原動力にもなると考えます。
かつて有名な投資家が言ったように、価格とは自分が支払うものですが、価値とは自分が得るものです。
現在、価格は上昇していますが、一部の金融資産の価値は価格よりもかなり低いと思われます。抑制された資本コストと低い労働コストというパラダイムが変化の時期を迎えた中、今後、こうした金融資産はせいぜい低水準の価格で推移する程度であり、最悪の場合、淘汰されるかもしれません。一方、これまでの経済環境にあまり依存していないキャッシュフローを投資家にもたらすことができる金融資産は、希少な資産になる可能性があります。この新たな「昔のパラダイム」では、明確な根拠に基づいてポートフォリオに組み入れる資産を選定することが重要になると考えます。