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幅広いバリュエーション指標を深く理解する必要性の高まり

本稿では、今回の景気サイクルを乗り切るためには、バリュエーション指標だけでなくファンダメンタルズというツールも組み合わせて使用することが有益になると考えるグローバル・インベストメント・ストラテジストのRobertAlmeidaの見解をご紹介します。

概要

  • 株価収益率の上昇とリスクプレミアムの低下は、株価が割高であることを示唆しています。
  • バリュエーション指標の欠陥を理解することが重要です。
  • 足元の環境は、高い株価売上高倍率を維持できないと思われます。

株価収益率の上昇とリスクプレミアムの低下

今年の世界の株式市場は、過熱する人工知能(AI)の台頭、インフレ率の低下、懸念されていたよりも良好な経済指標に支えられ、堅調に推移しています。一方で、利益成長率予想は低水準から若干のマイナスにとどまっています。利益予想の伸びを伴わずに株価が上昇しているため、図表1で示すように株式の株価収益率(PER)は上昇しています。つまり、投資家はこれまでと同じ企業利益に対しより多くの資金を投じているのです。

この状況は、株式リスクプレミアムの観点から見ても明らかです。予想株式益回りと国債利回りの差である株式リスクプレミアムは、これまで平均で3~5%でした。しかし、2022年に始まった利上げサイクルによって金利が自由市場に基づく正常な水準に戻る中、今年の株価上昇が重なり、株式リスクプレミアムはITバブル以来の異例の低い水準に達しています。図表2の右図は、ハイテク株の比率が高いNASDAQ100指数でマイナスのリスクプレミアムが生じたことを示しています。

ジョージ・ボックス氏の教え 

今日の投資家の多くは、専門家か否かにかかわらず、現在のような市場を経験したことがありません。投資家は上昇市場に慣れており、市場に持続的なストレスの兆候が現れたとしても利益・富は私有化し資本損失は社会に押し付けることに慣れてしまっています。

市場参加者の多くがこうした警告シグナルを否定している状況を鑑みると、私たちは別の視点を持つ必要があるのかもしれません。

英国の有名な統計学者であるジョージ・ボックス氏は、すべてのモデルは過去に基づいて構築されているため本質的に欠陥があるが、その欠陥を理解することが重要であると考えました。こうした考え方を知ることで、想定あるいは認識されている状況や、過去との違いを考慮して資産の組み入れ比率を変えたり、異なる情報を重視することができると考えます。

株価売上高倍率 

上述のITバブルは20年以上前の出来事なので、現在の投資家の多くは、当時はまだポートフォリオの運用を行っていなかったかもしれません。しかし、少なくともITバブルという歴史的な事象を取り巻く状況についてはほとんどの人がご存じかと思います。

多くの人の記憶に最も残っているのは、社名に.comや.netがつく企業のバリュエーションが急騰したことです。しかし、インターネットが生み出した巨大な資本の循環は忘れ去られていることが多いようです。すべてのデスク上にパソコンが置かれ、インターネットを介して相互に接続されるようになったことで、企業の投資サイクルが加速し、爆発的な経済成長と売上高の増加がもたらされました。それでも、バリュエーションの高さは常軌を逸していたため、目覚ましい成長にもかかわらず、株価売上高倍率(PSR)ベースで見ても株価はかなり割高な水準にありました。

しかし、2008年以降の景気サイクル局面は全く異なっていました。当時は、設備投資循環がなくなりました。デフレ懸念、マネーの流通速度の低下、最終需要の減退により、企業の借入資金は設備投資などの固定資本投資ではなく、自社株買いや増配、買収に振り向けられるようになりました。その結果、過去100年以上で最悪の景気低迷に陥り、企業は歴史的な売上不振に見舞われました。しかし、金利負担の軽減、労働力のオフショアリング、固定資本投資の削減が進む中、企業はコストを抑制して収益性を高めることができたため、株式は非常に好調に推移しました。しかし、こうした時代は2022年に終わりを迎え、低金利、オフショアリング、過小投資によって発生していた補助金的な利益の流入は止まり、それどころか逆流しはじめました。

多くの株式投資家は短期的で直近の市場の動きに影響されやすいことから、12カ月先の株価収益率と株式益回りを見ると、おそらくリスクが過小評価されていると思われます。ジョージ・ボックス氏の戦略を活用してみましょう。図表3は1990年代半ば以降のS&P500指数の株価売上高倍率(PSR)を示したものです。

上述した通り、1990年代は高成長の時代でしたが、成長に依存する株価売上高倍率で見ても株式は割高でした。2008年以降の景気後退局面を通じて経済成長と売上高の増加が低調だったため、株価売上高倍率が上昇してITバブルの最盛期につけたピークに達したのも当然と言えます。2021年には、ロックダウン解除後の財政・金融刺激策によって経済成長が加速したため、株価売上高倍率は幾分低下しましたが、その後は刺激策の効果が剥落する中でも2023年には株価が上昇したため、株価売上高倍率の上昇が再び加速しています。

結論 

現在の株式は伝統的なバリュエーション指標で見ても割高ですが、大局的に見ると事情はより複雑です。低資本コストの時代は終わり、今後は累積した債務の返済のために高コストでの資金調達を余儀なくされ、フリーキャッシュフローは減少するでしょう。安価な労働力の時代も終わりました。そして、過度に広がったサプライチェーンの時代も、よりクリーンなエネルギーによる事業経営への投資が過小にとどまっていた時代も終わったのです。

そこで思い起こされるのは、「すべてのモデルは間違っているが、中には役立つものもある」というジョージ・ボックス氏の言葉です。これはバリュエーション指標にも当てはまると思われます。景気サイクルと市場環境は2つとして同じものはなく、それぞれの特異性が様々なバリュエーション指標の有用性に影響を及ぼすため、幅広いバリュエーション指標を取り入れ、各指標の欠陥を理解しておくことが重要と考えます。

新しい時代はすでに始まっています。それは、2009年以降の資本と労働力が最も不足している時代です。また、必ずしもすべての企業が新たなまたは正常化された投入コストを上回る収益を上げることができるとは限らず、融資や債券のデフォルト(債務不履行)率の上昇、資本再編、経営破綻が起こる時代です。今の時代をうまく乗り切るために必要なツールは、それまでのものとは全く異なります。ボックス氏が示唆したように、すべてのバリュエーション・モデルとファンダメンタルズ・モデルは破綻していますが、中には役立つものもあると認識しておくことが重要です。投資家はますます多くの準備をしておく必要があり、今回の景気サイクルを乗り切るためには、バリュエーション指標だけでなくファンダメンタルズというツールも組み合わせて使用することが有益になると考えます。

 

 

株価収益率は、企業の株価を1株当たり利益で割って算出します。

株価売上高倍率は、直近の年間売上高の総額に対して企業の時価総額の水準を測定します。 

S&P500指数は、米国株式市場に上場している主要企業500社の株価を指数化したものです。 

NASDAQ 100指数は、ナスダック証券取引所に上場している金融以外の時価総額上位100銘柄で構成される指数です。 

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