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Strategist's Corner

Moodyʼsの格下げは投資家への警鐘

本稿では、米国の高水準の債務負担と高まる不確実性により、FRBが利下げを行っても長期債利回りの目立った低下が期待できないとのグローバル・インベストメント・ストラテジスト Robert Almeidaの見解をご紹介します。

執筆者

Robert M. Almeida
ポートフォリオ・マネジャー兼 
グローバル・インベストメント・ 
ストラテジスト 

概要 

  • 利回りを押し上げているのはインフレではなく、不確実性プレミアムです。
  • 米国の高水準の債務負担と高まる不確実性により、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げを行っても長期債利回りは低下しない恐れがあります。
  • これは、政策立案者主導ではなく、ファンダメンタルズ主導の市場へのシフトの到来を示唆しているかもしれません。

2008年の世界金融危機以降、米国の政策立案者は減速する貨幣の流通速度を反転させ、流動性で金融損失のリスクを緩和しようとしてきました。4月に執筆したレポート「流動性のシフトが米国株式の潜在的な逆風に」で述べたように、流動性を生み出す方法は、所得を増やすか、債務を増やすかのどちらかしかありません。世界金融危機後、米国の家計と企業の支出が減少したため、政策立案者は借入を増加させました。

米国の債務状況を簡単に再確認すると、債務総額は2007年の10兆米ドルから今日では36兆米ドル超へと3倍以上に増加しています(図表1の緑線)。経済規模の変化を調整しても、米国の債務残高は対GDP比率で65%から125%へとほぼ倍増しています(図表1の青線)。

最近Moody'sが米国の格付けを引き下げました。これは、「既知の既知」を反映したものですが、投資家にとっては、数年間にわたって蓄積しながらも市場が軽視してきたリスク要因について再考する機会だと考えます。インフレに言及すると思われたかもしれませんが、違います。インフレではありません。

まず、なぜインフレではないのか?    

図表2は、米国の10年債利回りと物価連動国債(TIPS)のブレークイーブン利回りを示しています。両利回り共に、低水準にあった新型コロナウイルス以前から2022年にかけての動きはパンデミック下で投入された景気刺激策によるインフレショックを反映していましたが、その後の動きは異なっています。名目利回りは上昇していますが、ブレークイーブン利回りは上昇していません。

これがインフレによるものであったとしたら、企業は価格を引き上げ、収益予想はおそらく上昇していたでしょう。しかし、企業は価格を引き上げておらず、収益予想は低下しています(図表3を参照)。投入コストがパンデミック以前の数年と比べて高く、且つ粘着性があるためです。

これは、名目利回りの上昇とMoody'sの格下げがインフレ以外のものに起因していることを示唆しています。何に起因しているのかというと、不確実性プレミアムです。

では何がリスクなのか? 

金融資産はキャッシュフローに対する法的請求権です。ある投資家にとっての資産は、他の誰かにとっての負債です。その意味で、国債の利回りは、将来の不確実性に対する貸し手への補償にあたります。不確実性が高まると、流動性は低下し、利回りが上昇します。国債利回りの上昇は、米国の負債の増加を意味します。

依然として流動的ではあるものの、関税率はかつてないほどの高水準となると想定するのが妥当でしょう。関税は税金であり、経済から実際の資金(流動性)を奪うものです。投資家がその穴埋めを求めているという点が、2010年代とは異なる点です。

次のFRBの効果が高くないかもしれない理由 

資産運用業界はFRBの動向を大いに注視しています。投資家は長年、世界金融危機後の経験から、中央銀行が時間の価値をコントロールしていると信じてきました。しかし、その期間のほとんどで米国の債務負担は増加し、資本は米国に流入していました。

歴史的に見て、政策金利の低下は、企業収益の減少と経済成長の鈍化を伴ってきました。過去には、経済成長の弱さが利回りに下方圧力をかけてきましたが、既存の高水準の債務負担と高まる不確実性との組み合わせにより、FRBが利下げをしたとしても長期債の利回りは下がらない可能性があると考えます。言い換えると、今後利下げを行っても、これまでほどには収益や金融資産価格の押し上げ効果が表れない可能性があります。

結論

米国の高い債務負担に緩和の兆しは見られないものの、米国の流動性には変化が見られます。過去数年とは異なり、今日の国債投資家は新たな不確実性に対してはるかに敏感になっており、より高いプレミアムを求めています。

貿易戦争が本格的な資本・流動性戦争に発展するかどうかは不明ですが、長年軽視されてきた慢性的なリスクである米国の財政赤字は、今や急速にリスクが高まる可能性があります。

米国に債務危機のような展開は予想していませんが、今年後半に政策金利を引き下げても、消費者や企業の借入コストは高止まりする可能性があります。そうした中で、新しい世界でうまくかじ取りができる企業とそうでない企業との間で業績と財務パフォーマンスに大きな差が生じる可能性があると考えています。

これは、パッシブ運用戦略の長年にわたるアウトパフォーマンスが覆され、政策立案者ではなくファンダメンタルズが市場のパフォーマンスを牽引する、新たな時代の始まりを告げる可能性があります。

 

当レポートの中の意見は執筆者個人のものであり、予告なく変更されることがあります。また意見は情報提供のみを目的としたもので、特定証券の購入、勧誘、投資助言を意図したものではありません。予想は将来の成果を保証するものではありません。過去の運用実績は将来の運用成果を保証するものではありません。

 

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