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Strategist's Corner
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パラダイムシフトの下 流動性はなお続く

本稿では、過剰流動性の引き締めは難しく、時代が新たなパラダイムシフトを迎える中で個別銘柄選択に重点を置くアクティブ運用の重要性が再び増すとの、グローバル・インベストメント・ストラテジスト Robert Almeidaの見解をご紹介します。

執筆者 

Robert M. Almeida
ポートフォリオ・マネジャー兼 グローバル・インベストメント・ストラテジスト

概要 

  • 歴史を振り返ると、一度放出された流動性は回収が困難であることがわかります。
  • 金融工学に代わって有形固定資産への投資が新たなパラダイムとして台頭しつつあります。
  • この新たな環境下、利益プールの創造的破壊がアクティブ・マネジャーに有利に働く可能性があります。

米国の債務超過は広く知られた事実ですが、それが将来の経済成長に与える潜在的な悪影響については十分に認識されていないかもしれません。図表1は、過去数十年にわたる米国の総債務残高と経済規模(GDP)を比較したものです。予想に違わず、2008年の世界金融危機以降、両者の違いが顕著になっています。

米国のこうした状況は目新しいことではありません。過去の歴史から今後の展開について推測することができますが、この不均衡を是正するために流動性が引き締められることを期待している投資家は失望するかもしれません。そこで、別のシナリオを提示したいと思います。コストは伴うものの、最近投資家の間に広まりつつある「運用アドバイスに対する対価」に対する考え方を覆す可能性のあるものです。

政府はしばしば貨幣の価値を切り下げてきた 

何世紀にもわたり、各国政府は様々な施策の資金調達のためにマネーサプライを増加させてきました。これにはさまざまな手法があり、ときに経済全体や金融市場に影響を及ぼしてきました。数百ある事例の中でもよく知られているのが、古代ローマと16世紀イングランドの例です。

紀元前200年頃から西暦265年にかけて、ローマ帝国は戦争資金の調達のために、デナリウス銀貨の銀含有量を100%から1%にまで減らしました。この政策はハイパーインフレを引き起こし、ひいてはローマ帝国の衰退につながりました。

その数世紀後、16世紀のイングランドでは、ヘンリー8世が戦争費用を賄うために、金貨や銀貨の貴金属含有量を減らすよう命じました。1540年代に始まった「大悪改鋳」と呼ばれる政策で、貴金属はより安価な銅に置き換えられていきました。その結果、深刻なインフレが発生し、イングランドの国際貿易における信用は損なわれ、経済は長年にわたり混乱しました。

2008年以降、米国政府は従来とは異なる方法で貨幣を供給してきました。量的緩和です。政策金利を5000年ぶりの超低水準へ引き下げても経済を刺激するには不十分だったため、米連邦準備制度理事会(FRB)は市場から国債やモーゲージ担保証券を大量に買い入れました。これら資産の購入に充てるため、FRBは準備金を創出し、それによってマネーサプライを増加させました。

しかし、図表1に示したGDPの推移からも分かるように、量的緩和は必ずしも経済成長やインフレにつながるものではありません。貨幣の価値が切り下げられた場合、それが銀の含有量を引き下げることであっても、経済生産性のために使われない銀行準備金を創出することであっても、債務超過につながります。

これは重要な問題です。なぜならば、FRBは、超過債務を支えようにも、マネーサプライを大幅に引き締めることができないためです。マネーサプライは、一般的に信じられているように、GDPではなく債務残高に対して十分な量が必要です。経済がこの債務を返済できる水準に成長するまでは、債務危機に陥るのを回避するため、過剰流動性は今後も継続する可能性が高いといえます。

今後予想されるシナリオと、そのシナリオがもたらしうる変化 

貨幣を作り出すのはカエサルや国王、中央銀行だけではありません。部分準備銀行制度により、民間銀行も貨幣を創出することが可能です。現代においては、金融危機が発生するまでの間、ほとんどの貨幣は民間銀行によって作り出されてきました。その仕組みについて改めて確認すると、以下の通りです。

銀行は預金の一部を貸し出す際、ローン契約を締結し、約束手形を振り出します。その後買掛金が支払われることで、貨幣が創出されます。

例えば100米ドルを借り入れる際、顧客はローン契約書と約束手形に署名し、返済を約束します。銀行の資産は約束手形の形で100米ドル増加し、未払金として負債も100米ドル増加します。銀行は借手の口座にこの100米ドルの融資額を入金することによりその債務を履行し、実質的に新たな預金が創出されます。約束手形は銀行の資産として残り、負債は100米ドルの預金に置き換えられます。この預金が、これまで存在しなかった新たな貨幣として流通します。

このシステムは、銀行が収益を創出しつつ経済成長を促進することを可能にするという意味で、近代経済において極めて重要な役割を果たしてきました。ただし、この仕組みは、2008年の金融危機後の最も必要とされた時期には失速しました。米国の量的緩和プログラムは「経済成長の呼び水」として設計されていましたが、その流動性は企業の自社株買いや増配、M&Aといった形で金融資産価格を押し上げる結果となり、意図した成果は得られませんでした。

しかし2022年以降、新たな貨幣の一部はこの民間セクターの仕組みを通じて生み出され、サプライチェーンの再編やデジタル経済、特に人工知能(AI)関連のインフラ投資資金に利用されています。これらの投資は潜在的な経済的有用性を持つ事業で、2009年から2021年にかけて見られた、主に金融資産オーナーの懐を豊かにした預金者から借手への富の移転とは対照的です。

状況は変わり得るものの、今後の経済成長は2010年代の停滞期を上回ると予想しています。ただし、その経済成長により、インフレ率や長期借入コストは現在の水準で高止まりする可能性が高いと考えられます。

実質成長率によっては米国の過剰債務が維持される可能性が高く、その場合、今後の経済または市場のストレス時に当局が金融緩和を行うことははるかに難しくなります。

結論 

政府が供給した流動性は、過去も現在も、経済における特徴として持続しています。歴史が示すように、一度増大した流動性を引き締めることは困難です。なぜならば、政府は歳出削減によって国民を失望させたくないからです。緊縮財政が行われない限り、過剰な債務負担を支えるために、中央銀行は巨大なバランスシートを維持することになります。

流動性はおそらく今後も高い水準が続くと考えられる一方で、新たな資本サイクルも誕生しています。有形固定資産投資の増加です。短命に終わったり、債務負担の軽減には至らない可能性もありますが、起業家や投資家は今後、2010年代とは大きく異なる3つの重要な変化に直面すると考えます。

  1. FRBが短期金利を引き下げたとしても、新たな経済活動により、長期の借入コストは現行水準近辺で固定される可能性が高いと考えます。具体的には、10年国債利回りが大幅に低下することは考えにくく、むしろ上昇する可能性もあります。
  2. 企業経営コストは現在かなり高い水準にあり、今後も高止まりする見込みです。資本コストだけではなく、モノの価格も政策変更や経済活動の影響で2010年代より高騰しています。同時に、テクノロジーの発展に伴いさまざまな業界で競争が激化しており、既存企業は製品のイノベーションや顧客エンゲージメントの向上に多額の投資を強いられています。
  3. 上記1と2の要因が組み合わさることで、利益の創出は今後より困難となり、セクターや産業内で利益格差が拡大すると考えられます。顧客のニーズが高く、原材料費の上昇を価格に転嫁できる商品やサービスを有する企業は、好調を維持できるでしょう。ただし、そうでない企業は、特に人為的な低金利や安価な労働力という経済の安全網がなければ、足元で期待されている利益水準に応えられず、失望を招く結果となるでしょう。

こうした要因を総合すると、新たなパラダイムが到来し、個別銘柄選択の重要性が再び増すものと考えられます。

 

 

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