ポートフォリオに潜む見えざるリスクを見極める
執筆者
Robert M. Almeida
ポートフォリオ・マネジャー兼グローバル・インベストメント・ストラテジスト
概要
- 病と同様、ポートフォリオのダウンサイドリスクも前触れなく現れることがあ ります。
- 「一般に公正妥当と認められた会計原則」(GAAP)に基づく利益と非GAAPベースに基づく利益の乖離は、ビジネスサイクルが成熟するにつれて拡大することがあります。この段階で利益調整が行われた場合には、十分な知識と経験を持った投資家による慎重な評価が必要です。
- 身体であってもポートフォリオであっても、真のダウンサイドリスクを見抜くことは困難です。発見が難しい病気に対するのと同様に、予防措置を講じることが賢明であると考えます。
検知困難なリスク
神経変性疾患やがんは、世界の死因の上位を占めています。残念ながら、こうした疾病は検知が困難であったり、バイオマーカーが全く存在しなかったりします。検査方法は進歩しているものの、依然として発見が遅すぎることが多いのが現状です。
運用のプロフェッショナルは、通常、ボラティリティからリスクを捉えます。ボラティリティは観察可能な指標であり、将来起きうる結果の幅を示唆するものとして適切且つ利用しやすい指標です。しかし、特定の健康リスクと同様、真のダウンサイドリスクは何の前触れもなく発生することがあり、回復の見込みがない場合もあります。最近米国で起きた2件の大規模な企業破綻がその例です。不正行為や資本の毀損がメディアで広く報じられましたが、これらの例は、我々が投資家に指摘したい教訓を示唆しています。
景気サイクルが進むに伴い利益調整は増加
米国では、上場企業は証券取引委員会(SEC)の規定により、非現金支出や特別支出を含むすべての費用を対象とする標準化された会計ルール、「一般に公正妥当と認められた会計原則」(GAAP)に従って収益を報告することが義務付けられています。米国以外の国では、多くがこれに類似した国際財務報告基準(IFRS)というフレームワークに従っています。
経営陣は、GAAPやIFRSの財務諸表に加え、自ら調整した業績を開示し、投資家に企業の事業運営の実態をより正確に伝えることも可能です。
多くの場合、調整後利益は標準化された手法で算出した利益よりも高く算出される傾向があります。下記のグラフが示すように、入手可能な米国のデータを用いると、非GAAPによる利益とGAAPによる利益の差は、上下しつつも、一般的に景気サイクルの成熟とともに拡大します。
景気拡大の初期では、投入コストと投資家の期待値は高くありません。経済成長が進むに伴い、資本・労働力・財への需要が増大し、それが収益増加につながる一方で、費用の上昇も招きます。特に新たな競争に直面している企業やコストインフレに応じた価格引き上げができない企業の場合、利益比較は一層困難になります。
サイクルの後半で株のバリュエーションが上昇すると、運用プロフェッショナルはファンダメンタルズの弱さを示すあらゆる兆候を精査します。これに対し、経営陣は、「特別」または「非経常」と見なされる費用を利益計算に加え戻すことで、財務内容の健全性をアピールします。
投資家は非GAAPに基づく利益に依拠しがちですが、調整の多い企業には特に注意が必要です。
世界金融危機後の2009年からパンデミック後の回復相場となった2021年までは、特異な期間でした。資本コストは人為的に史上最低水準に抑制され、それが有形固定資産投資を減らしバランスシートの再編に焦点を当てる資本サイクルを促進した結果、経済成長は停滞しました。企業は債券を発行し、調達した資金を配当や自社株買いで株主に還元したほか、既存事業の収益成長の不足を補うため、企業買収も行いました。
2022年になると、このダイナミクスは劇的に転換しました。資本サイクルは、株主還元の充実から人工知能(AI)の構築、サプライチェーンの再編、その他長期資産の取得のための支出へと移行しました。
経営陣はAIによるコスト削減効果を迅速に喧伝しています。こうした効率化は短期的には実現する可能性がありますが、時間の経過とともに低減することもしばしばです。コストを削減するテクノロジーがしばしば参入障壁をも下げ、新たな起業家の参入を促進する結果、競争の激化、価格競争、そして利益率の過去水準への逆戻り、場合によってはそれ以下になるリスクが生じる可能性があります。
もしAIに蒸気機関や電気、インターネットのように社会を変革する力があるのであれば、現時点では想像のつかない新たな産業や競争の軸を生み出すことになるでしょう。1995年にAmazonがオンライン書籍販売を開始した当初、その後30年間でスマートフォンからタクシーや食事、メディアを注文できるようになると予想した人はほとんどいませんでした。こうしたイノベーションは、消費者にさらなる選択肢、利便性、価格の低下をもたらしてきており、またテクノロジーが長期的にデフレ圧力として作用することを裏付けています。
現在の高水準の投入コストと低調な成長、さらに新興テクノロジーによる破壊的な影響が組み合わさり、状況は一変しています。収益成長が乏しく資本コストが安価であった時代に取得された資産は、当時合理的だった可能性もあるし、そうでなかった可能性もあります。今後、すべての収益調整は、十分な知識と経験を持つ投資家が厳しく精査する必要があります。
結論
身体であってもポートフォリオであっても、真のダウンサイドリスクを見抜くのは容易ではありません。検知しにくい病と同様、予防策を講じることが賢明であると我々は考えます。
我々はファンダメンタルズ投資家として、すべてに疑問を持ち、批判的に考えることで、この予防的戦略を実行しています。企業が健全性をアピールするため収益調整を行っている場合や、企業のバリュープロポジション(独自の価値提供)が競争から負の影響を受けうる場合、その企業への投資は避けることが賢明と考えます。逆に、耐性のある競争優位性を有する企業に注目します。これは言うが易しですが、「不適者生存」から「適者生存」へと移行する株式環境の中で、リスクと機会の両方を見極めるために必要と考えます。
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