レジリエンスの観点から見た防衛セクター
執筆者
Pelumi Olawale, CFA
ストラテジスト
ストラテジー・アンド・インサイト・グループ
概要
- 地政学的緊張の高まりと国家安全保障への関心の再燃を背景に、防衛装備品をはじめとした物理的な防衛力への投資が進んでいます。なかでも、ドローンや高度な推進システムなどの新興技術を活用する分野への投資が顕著に拡大しています。
- 防衛関連株は、長期契約と政府支援による安定したキャッシュフローに支えられ、歴史的に高いレジリエンスを示してきました。さらに、気候変動対策や産業イノベーションといったより広範なテーマも防衛セクターにおける重要な要素となっています。従来、多くの投資家は防衛セクターを倫理的理由から投資対象外としてきましたが、いまやより精緻でバランスの取れたアプローチが支持を集めています。それは、倫理面に配慮しつつも、防衛セクターが果たす戦略的役割の変化を見極め、各国政府による防衛費の拡大に着目して投資判断を下そうとする考え方です。エクスクルージョン(投資対象からの除外)ではなく、エンゲージメントこそが、より前向きな道筋を示す可能性があります。
- あらゆる資本サイクルと同様、防衛セクターにおける変化もまた新たな機会とリスクを生み出すでしょう。本レポートでは、こうした防衛セクターにおける資本サイクルの変化について詳しく探っていきます。
欧州における防衛のパラダイムシフト
欧州は現在、防衛方針の構造的な転換期を迎えています。大西洋をまたぐ欧米関係の変化と地政学的な不確実性の高まりを背景に、欧州各国は国家戦略における優先順位の見直しを迫ら れています。かつて軍事費を抑制していた欧州ですが、緊急性、投資、再軍備をキーワードとする新たな段階に入ろうとしています。
数十年にわたり、欧州のGDPに占める防衛予算の割合は減少を続け、多くの国が北大西洋条約機構(NATO)の目標である2%を下回ってきました[附録1]。しかし、現在その目標値は大きく変化しています。NATO加盟国が合意した新たな枠組みでは、GDPの3.5%を防衛費の中核部分に充て、さらに最大1.5%をより広範な安全保障関連投資に充てることを定めています。この動きは一時的な調整ではなく、分断が進む国際秩序のなかで、主権を守るための構造を抜本的に見直そうとするものです。この趨勢は、2025年6月にハーグで開催されたNATO首脳会議において、首脳らが2035年までに各加盟国の防衛費総額をGDP比5%へ引き上げるとの目標で合意したことにより、一層確固たるものとなりました。この決定は歴史的な合意と称されており、長期にわたり脅威が続く安全保障環境の情勢と、軍事力および関連インフラへの持続的な投資の必要性について各国が共通認識を有していることを示しています。注目すべきは、単に防衛費が引き上げられているだけでなく、その使い道に変化が表れている点です。各国は、物理的な防衛力、特にこれまで投資不足が顕著であった陸上領域への資本の再配分を進めています。装備品の調達や近代化を含む人件費以外の支出は大幅な増加が見込まれ、とりわけ東欧諸国がこの動きを牽引する可能性が高いと思われます1。こうした動きが示すように、現在の欧州防衛セクターは新たな資本サイクルの初期段階にあり、同セクターの産業構造と投資環境は今後数年間にわたって大きく変化する可能性があります。
レジリエンスの観点から見た防衛セクター
航空宇宙・防衛関連企業は、これまでポートフォリオに一定のレジリエンスをもたらしてきました。特に、ボラティリティや地政学的な不確実性が高まる局面において、その傾向が顕著に表れています。背景には、長期の政府契約および政府支援による安定したキャッシュフローによって、収益の変動が緩和され、景気循環の影響を受けにくいことが挙げられます。そのため、多くの機関投資家はこれまで、このセクターを分散投資ポートフォリオにおける戦略的資産配分の対象として位置づけてきました。
パフォーマンスデータも航空宇宙・防衛セクターのレジリエンスの高さを裏付けています。過去14年間で、航空宇宙・防衛セクターを対象とするMSCI Europe Aerospace & Defense Indexは、MSCI Europe Indexを上回る年率リターンを11回記録しました[附録2]。世界的な傾向も同様で、MSCI World Aerospace & Defense Indexは過去14年間でMSCI World Indexを10回アウトパフォームしています2。さらに長期で見ると、MSCI Europe Aerospace & Defense Indexの過去30年間の年率リターンは8.61%に達し、同期間のMSCI Europe Index(4.41%)のほぼ2倍となっています3。
このような優れたパフォーマンスにもかかわらず、近年このセクターに対する投資家の関心は限定的です。Morgan Stanleyの調査によると、世界のロングオンリー(買い持ち専門)ファンドの68%、欧州ファンドの62%が欧州防衛株へのエクスポージャーを全く保有していないことが判明しています4。この一因として、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以前は、欧州防衛セクターの成長率が比較的低く、過去20年間にわたり拡大を続けてきた米国防衛セクターと対照的であったことが挙げられます。
もう1つの要因は、規制およびESG(環境・社会・ガバナンス)に関連するエクスクルージョンです。多くの機関投資家はこれまで、防衛関連銘柄への投資に包括的な制限を設けてきました。これは、非人道的兵器に関与する企業の完全排除から、防衛関連収益が一定割合を超える企業を除外する収益基準まで多岐にわたります。結果として、防衛セクターは国家主権や国際的安定性と最も密接に関わるセクターであるにもかかわらず、世界有数のアセットオーナーのポートフォリオに組み入れられないという逆説的な状況が生まれています。
| 68% | 62% | 43% |
欧州防衛セクターへのエクスポージャーがゼロの |
欧州防衛セクターへの エクスポージャーがゼロの |
欧州防衛セクターへの エクスポージャーがゼロの |
Morgan Stanley(2025 年 3 月 28 日)。欧州防衛投資家調査[調査報告書]。Morgan Stanley Research。本データは、Morgan Stanley Research が、MSCI、Datastream、および FactSet のファンド保有銘柄データを基に推計したものです。本分析は、2024 年 12 月時点で欧州防衛セクターへのエクスポージャーがゼロのグローバルおよび欧州ロングオンリー・ファンドの割合を示しています。なお、対象ファンドのサンプルは月ごとに若干異なりますが、各期間を通じて約 90%重複しています。欧州ファンドの 12 月データは暫定値です。
しかし、この状況には変化の兆しが見え始めています。欧州が領土保全と戦略的自律性を優先課題として掲げるなか、防衛セクターへの投資は、単なるパフォーマンスの観点だけでなく、一貫した運用方針や、長期的かつ実体経済に根差したレジリエンスの観点からも再評価されつつあります。
排除から対話へ:戦略の再構築
MFSは、多くの投資家がポートフォリオにおいて、重大な負の影響を及ぼさないこと、評判リスクを回避すること、そして個人または機関としての価値観に整合することを重視している点を認識しています。お客様が明確なガイドライン(非人道的兵器に関与する企業や、防衛関連収益において一定の基準を超える企業の除外など)を提示している場合、その意向を尊重し、ポートフォリオ運営において確実に遵守します。
一方で、MFSが重視するのは、画一的なエクスクルージョンではなく、エンゲージメントに基づくアプローチです。防衛セクターは、国家主権と国際的安定の両面で戦略的に重要な意味を持つことから、防衛関連株への投資判断にはより繊細な視点が求められると考えます。アクティブ・オー ナーとして、MFSは各発行体のビジネスモデル、ガバナンスの実態、社会への広範な影響について深く理解することを目指しています。また、継続的な対話とエンゲージメントを通じて、防衛関連事業を営む企業の経営慣行の形成や方向性の決定にプラスの影響を与えられると確信しています。地政学的な不確実性が高まっている現在の環境において、エンゲージメントを重視したアプローチは、お客様の長期的な投資目標の達成に資すると同時に、責任ある受託者としてお客様に価値を提供することにつながると考えています。
防衛資本サイクルの次の段階を見据えて
防衛セクターでは、欧州を中心に資本が再び流入する動きが鮮明になっていますが、同セクターが成長軌道に乗るにはいくつもの課題があります。航空宇宙・防衛関連企業への投資の再拡大は、その戦略的重要性を改めて裏付ける一方で、投資家が慎重に見極めて対応すべき構造的リスクや業務運営上のリスクを新たに浮き彫りにしています。
航空宇宙・防衛関連企業は一般に労働集約度が高く、熟練労働者の比率が相対的に高い傾向にあります。さらに、強力な労働組合の存在がコスト構造や事業運営に一定の硬直性をもたら しています。加えて、高度な推進システムや無人航空機など、安全リスクの高い製品分野では、高額なリコールや保証債務が発生する可能性があり、これらが企業収益に重大な影響を及ぼすおそれがあります。
もう1つのリスク要因は、このセクターが持つ国家戦略上の重要性にあります。航空宇宙・防衛関連企業は国有企業の割合が31%と高く、MSCI All Country World Index(ACWI)の平均である18%を大きく上回っています5。このため、特に地政学的緊張が高まる局面において、政府による介入が行われる可能性があります。こうした株主構造により国の支配が強化されれば、少数株主の影響力が希薄化するおそれがあるだけでなく、汚職や政治的介入への脆弱性といったガバナンス上の懸念を招きかねません。
同時に、防衛セクターでは、産業界全体の脱炭素化目標との整合を求める圧力が一段と強まっています。とりわけ、推進システムにおけるクリーン技術の革新は、いまや戦略上の必須課題として浮上しています。2024年半ば時点で、クリーン技術の開発を中核的な戦略目標として掲げるA&D企業は42%に上りました6。クリーン技術への移行は、設備投資の増加から研究開発サイクルの長期化に至るまで、企業の財務面に幅広い影響を及ぼしており、今後数四半期における重要な注目点となるでしょう。
このように、防衛セクターは現在、新たな資本サイクルに突入しています。その背景には、地政学的な必要性だけでなく、環境への責任、そして企業の所有構造を巡る変化があります。投資家にとって、これは単純なエクスクルージョン基準に依拠する段階を越え、エンゲージメント中心のリスクを意識したアプローチへ移行する必要があることを意味します。イノベーションと規律ある企業運営の両立を図りつつ、ガバナンスおよびサステナビリティの観点から積極的に対話を行う企業を見極めることができる投資家こそ、この進化する資本サイクルがもたらす収益獲得の機会を最も的確に捉えることができると考えます。
ケーススタディ:Howmet Aerospace ― 戦略のレジリエンス、ガバナンスの深化、気候変動対策
Howmet Aerospaceは、航空宇宙および輸送産業向けの先進部品分野における世界的リーダー企業です。同社のミッションクリティカルな製品群には、エンジン部品や締結部品、構造システムなどが含まれ、いずれも商業および防衛の両プラットフォームにとって不可欠です。こうした製品を通じて、同社は国家安全保障と産業イノベーションという2つの分野で事業を展開しています。同社は収益拡大を加速させ、規律ある資本配分を行い、構造的に優位な航空宇宙プラットフォームへのエクスポージャーを確保しています。防衛関連産業と高い親和性を持つ工業企業の代表例であり、長期的な追い風を受けながら、企業のスチュワードシップ責任を果たしています。財務面では堅調な業績を維持しており、EBITDAマージンは2019年の21.4%から2025年には28%へ拡大する見通しです。また、2025年~2026年にかけて実施される自社株買いが、1株当たり純利益(EPS)の成長率に2~3%の上乗せ効果をもたらすと見込まれています7。商用航空宇宙市場の回復と次世代エンジンプログラムの拡大を背景に、同社は生産量の拡大効果と価格決定力の双方を享受できる立場にあると考えられます。
MFSは同社とのエンゲージメントを多面的に展開しており、財務面のほか、取締役会および経営陣の後継計画、気候戦略、製品品質などについて対話を続けています。同社は後継計画を取締役会全体の責任事項と捉え、内部候補者が複数の事業部門を横断的にローテーションする仕組みを導入しています。この体制は、内部からリーダーを育成するという同社のコミットメントを反映しています。
気候分野においては、2027年までにスコープ1および2の排出量を33.6%削減する目標を掲げ、エネルギー効率化および再生可能エネルギー調達に3,000万米ドル超を投資しています8。主に金属の調達に係るスコープ3の排出量削減には依然として課題が残るものの、サプライヤーとの協働を通じた削減努力や、リサイクル活動の拡大に積極的に取り組んでいます。同社製品はまだ「気候変動対応」とは評価されていないものの、軽量アルミホイールや先進エンジン部品など多くの製品では、下流工程での排出削減において目に見える成果が出ています。さらに、ヒートポンプや水素炉など低炭素製造技術の導入にも取り組んでおり、3年単位の設備投資サイクルという制約のなかで、中期的な目標設定の精度向上を目指しています。
このように、強力な財務基盤と成熟したガバナンスを兼ね備え、気候変動への積極的な対応を行う同社は、進化する防衛資本サイクルのなかで、戦略的に重要であるだけでなく積極的な対話姿勢を持つ投資先として、その地位を確固たるものにしています。
附録2:年間パフォーマンス(%)
年 |
MSCI Europe Aerospace and Defense |
MSCI Europe |
2024 |
26.4 |
-0.87 |
2023 |
41.69 |
16.68 |
2022 |
3.46 |
-17.28 |
2021 |
2.26 |
13.75 |
2020 |
-20.07 |
3.14 |
2019 |
30.4 |
20.03 |
2018 |
-3.18 |
-17.27 |
2017 |
30.41 |
22.13 |
2016 |
0.04 |
-3.39 |
2015 |
1.46 |
-5.32 |
2014 |
-20.78 |
-8.59 |
2013 |
56.82 |
21.68 |
2012 |
24.13 |
15.15 |
2011 |
-1.61 |
-13.82 |
過去のパフォーマンスは将来の成果を保証するものではありません。また、上記の指数に直接投資することはできません。
巻末脚注
1 MFSセクター・アナリスト・ノート
2 MSCI World Aerospace and Defense Indexデータ(2025年)
3 The MSCI Europe Aerospace and Defense Index は、欧州の15の先進国市場における大型株および中型株で構成されています*。当該インデックスに含まれるすべての銘柄は、世界産業分類基準(GICS®)に基づき、「資本財・サービス」セクター内の「航空宇宙・防衛」産業に分類されています。
4 Morgan Stanley(2025年3月28日)。欧州防衛投資家調査[調査報告書]。Morgan Stanley Research。本データは、Morgan Stanley ResearchがMSCI、Datastream、およびFactSetのファンド保有銘柄データを基に推計したものです。本分析は、2024年12月時点で欧州防衛セクターへのエクスポージャーがゼロのグローバルおよび欧州ロングオンリー・ファンドの割合を示しています。なお、対象ファンドのサンプルは月ごとに若干異なりますが、各期間を通じて約90%の重複があります。欧州ファンドの12月データは暫定値です。
5 MSCI産業別レポート「航空宇宙・防衛」(2024年6月)
6 MFSセクター・アナリスト・ノート
7 Howmet ESGレポート(2024年)、MFSインベストメント・リサーチ・ノート
8 MFSセクター・アナリスト・ノート
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